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甲府地方裁判所 昭和51年(ワ)51号 判決 1979年4月27日

原告 山田雪枝

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 帯野喜一郎

被告 国

右代表者法務大臣 古井喜実

右指定代理人 金丸義雄

<ほか八名>

主文

一  被告は、原告山田雪枝に対し、金七一八万〇、一五三円及び内金六七八万〇、一五三円に対する昭和五〇年九月二四日から、内金四〇万円に対する昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告山田泰男及び同山田栄治に対し、各金七〇八万〇、一五三円及び各内金六七八万〇、一五三円に対する昭和五〇年九月二四日から、各内金三〇万円に対する昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

五  ただし、被告が各原告らに対し、金七〇〇万円の担保を供するときは、その担保を供された原告による右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告山田雪枝に対し、金一、三五四万二、〇〇〇円及び内金一、三一四万二、〇〇〇円に対する昭和五〇年九月二四日から、内金四〇万円に対する昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告山田泰男及び同山田栄治に対し、各金一、三四四万二、〇〇〇円及び各内金一、三一四万二、〇〇〇円に対する昭和五〇年九月二四日から各内金三〇万円に対する昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡山田照雄(以下「照雄」という。)は、昭和五〇年九月二三日午後一〇時ころ、甲府市上阿原町四一二番地二先の国道二〇号線(以下「本件道路」という。)上り車線北側にある自転車通行可能な歩道(以下「本件歩道」という。)上を自転車にて西進中、側溝(以下「本件側溝」という。)に自転車もろとも転落し、そのショックによる心不全のため死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

本件事故は、次のとおり建設大臣管理にかかる公の営造物である本件道路及び本件側溝の設置及び管理の瑕疵に基づくものである。

(一) 本件道路は、片側二車線の国道で東西に延び、本件事故現場より東側の部分の上り車線は三車線となっており、外側の第三車線の北側には幅員二・五メートルの自転車通行を認められた歩道(本件歩道)が設置されており、それは車道面より〇・二メートル高くなっている。そして、本件歩道の北側部分は溝蓋が設けられた側溝となっており、それは本件歩道が終るところから本件事故現場までコンクリート凾渠となっていて、その長さはおよそ一五・六メートルである。右コンクリート凾渠は車道の路面と平らであり、また、その北側は未舗装の農道(以下「本件農道」という。)となっている。右コンクリート凾渠は、本件事故現場より無蓋側溝(本件側溝)となっており、本件側溝は、その幅は約〇・七メートル、長さ約一三メートル、深さは車道路面より一・七メートル(路面より〇・七五メートル下に深さ〇・九五メートル)である。そして、本件側溝の南側には車両等の転落防止のためのガードレールが設置されているが、本件事故当時、その東側にはガードレールその他の転落防止設備はなかった。また、本件事故現場付近には道路照明施設もない。

(二) ところで、本件歩道は右コンクリート凾渠と連続一帯をなしており、また、コンクリート凾渠北側の本件農道はその整地が不完全であって周囲の畑地との境界が明らかでなく、そのため本件事故当時、本件歩道または第三車線を西進して本件事故現場の東方から西方へ出ようとする者は、右農道を通らず、ほとんどが右コンクリート凾渠上または第一車線を西進して本件側溝東側で行き止まり、次いで本件側溝の南側に設置されているガードレールの南端道路を通行して西方路面に出る状況であった。

(三) そして、本件事故現場の東方から西方路面に出るために本件歩道または第三車線を西進して本件側溝の東側に出て右ガードレールの南端道路を通行する者は、通学通園児その他の付近住民ばかりでなく、付近の地理に不案内の者も多く、また、通行者は昼・夜を分たず絶えない状態であったが、前記のとおり本件側溝東側には何らの転落防止施設もないばかりか、付近には照明施設もなく、更に加えて、本件事故現場の西方に位置する渡辺給油所の照明灯のため、かえって本件歩道から見る本件事故現場付近は暗くて見通しが困難な状況であった。特に夜間においては本件歩道または第三車線を西進してガードレール南端道路を通りぬけようとする者が本件側溝に転落する危険は大きく、本件事故現場付近の住民は、本件側溝への転落事故発生を憂慮していた。

(四) 本件側溝は、前記のように危険な施設であるから、本件道路及び側溝の管理者としては本件道路利用者が本件側溝に転落しないように本件側溝の東側に転落防止施設を設ける等の安全対策を講ずべきであったにもかかわらず、何ら転落防止のための措置をとらず、右の危険をそのまま放置してその設置管理義務を怠ったものであって、その設置管理に瑕疵があったというべきところ、本件事故は当該瑕疵によって発生したものである。

3  本件事故に基づく損害

(一) 逸失利益 金三、四九二万六、〇〇〇円

照雄は、大正一四年一二月二一日出生し、本件事故当時満四九才の健康な男子であったから、本件事故に遭遇しなければ満七〇才まで今後二一年間は就労可能であった。ところで、照雄は、本件事故当時ぶどう、桃等の栽培出荷を内容とする果樹園を経営し、それによる昭和五〇年度の年間収入は金三八一万円であったから、右収入を得るために控除すべき生活費等を三五パーセントとすると、年間純益は金二三七万六、五〇〇円となり、中間利息の控除につきホフマン式計算法(就労可能年数二一年の場合のホフマン係数一四・一〇三)を使用して、右期間における逸失利益を計算すると、約金三、四九二万六、〇〇〇円となる。

(二) 原告山田雪枝は、照雄の妻であり、原告山田泰男、同栄治は子であるから、右原告ら三名は右逸失利益を法定相続分に応じ、金一、一六四万二、〇〇〇円ずつの割合で各相続した。

(三) 慰謝料 金四五〇万円

原告らは、本件事故により夫を失い、父を失ったものであって、その精神的苦痛は甚大であり、これを金銭的に見積ると少なくとも各自金一五〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告らは、本訴を提起するにあたり、原告ら訴訟代理人弁護士一名に訴訟追行を委任し、原告山田雪枝は着手金として金一〇万円を支払い、原告ら三名は報酬として各自金三〇万円を支払うことを約した。

4  よって、原告らは被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、原告山田雪枝につき損害金として金一、三五四万二、〇〇〇円及び内金一、三一四万二、〇〇〇円に対する本件事故発生の翌日である昭和五〇年九月二四日から、内金四〇万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告山田泰男、同栄治につき損害金として各金一、三四四万二、〇〇〇円及び各内金一、三一四万二、〇〇〇円に対する昭和五〇年九月二四日から、各内金三〇万円に対する昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、照雄が死亡するに至った状況及び死亡原因については不知、その余の事実は全て認める。

2(一)  同2の冒頭の主張のうち、本件道路及び本件側溝が建設大臣管理にかかる公の営造物であることは認めるが、その余は争う。

(二) 同(一)の事実は全て認める。なお、本件側溝には当時約〇・五メートルの土砂が堆積していた。また、コンクリート凾渠上は、本件道路に農道が取り付いている部分であって、本件歩道の一部ではなく、主として本件農道からの出入り通行に供するものであって、歩道からの直進通行に供するものではない。更に、本件歩道は、本件農道に接続しているが、これは歩道設置工事の際地域住民の要望によりなしたものである。

(三) 同(二)の事実は否認する。本件歩道の最終部分は約一一パーセントの勾配で農道取付部にすりつけがなされており、コンクリート凾渠と連続一帯をなすものではない。

(四) 同(三)の事実は否認する。本件事故現場付近は、甲府市の郊外に位置し、人家の散在している所であって、本件歩道の通行者も少なく、特に夜間の通行者は道路の形状について熟知している地域住民のみである。また、本件道路が現況のようになった昭和四七年三月以降本件事故現場における転落事故は一件も発生していない。

(五) 同(四)の主張は争う。

本件事故現場付近の道路の設置及び管理について次のとおり瑕疵はなかった。

本件側溝の南側にあるガードレールに近接する車線は、上り車線であり、従って、同車線の下り方向(東から西へ向う方向)の自転車通行は認められておらず、まして、本件道路は、一日平均二万台以上の大量の車両が通行しているのであるから、反対方向に自転車に乗って通行するということは右大量の車両と対面して通行することとなり、非常な危険が伴うことは明らかであり、全く無謀というほかない。また、本件歩道は自転車通行が認められているが、上り方向(東京方面)のみについて通行を認めているものであって、下り方向の通行は予定されていない。従って、仮に本件歩道を下り方向に進行する自転車が見受けられるとしても、右のとおり本件道路の車両交通量が大量であるから、本件事故現場の西方路面に出ようとする場合、通常の安全配慮をする自転車通行者は、本件農道を通行するはずであり、本件事故地点に向って進行することは予定されていない。更に、道路の照明施設の設置は、道路利用者に通常予定される注意義務を前提として、過去における交通事故の経験を踏まえ設置されるが、本件事故現場付近は、前記のとおり甲府市の郊外に位置するので、一定の間隔に燈具を配置し、その区間全体を照明する「連続照明」の必要はないし、また、局部的に見ても、見通しが良好であるし、交通事故の発生の危険が多い個所でもないから、照明施設の設置も要しないというべきである。それ故、本件側溝にガードレール等転落防止施設がなく、また、付近に道路照明施設がなくとも、これをもって被告に本件道路の設置及び管理につき瑕疵があったということはできない。

3(一)  同3(一)の事実のうち、照雄の死亡当時の年齢、同人の職業は認めるが、同人の昭和五〇年度の年間収入が金三八一万円であったとの点は知らない。その余は争う。

農業経営者の逸失利益の認定にあたっては、農業所得額につきその多寡を左右する農業生産高自体がその年の気象条件によって影響を受けて変動することを考慮すべきであり、従って、照雄の逸失利益算定の基礎となる年間総所得金額の認定は、単年、かつ、死亡年のみによるべきでなく、過去数か年の平均値によるのが相当である。また、農業経営は、一般に家族の総合労働力に依存しているので、農業経営者の逸失利益算定にあたっては、農業総所得から家族労働の寄与分を控除するのが相当であるところ、照雄の農業経営には同人の妻である原告山田雪枝の労働力が多大に寄与しているので、その寄与相当分を総所得額から控除すべきである。更に、照雄の就労可能年数は一八年とするのが相当である。

(二) 同(二)の事実のうち、原告山田雪枝が照雄の妻であり、同山田泰男及び山田栄治が子であることは認めるが、その余は争う。

(三) 同(三)及び(四)の事実は知らない。

二  被告の主張

1  本件事故は、次のとおり、専ら照雄の過失に基づくものである。

照雄は、本件事故現場から北方約一・七キロメートルの所に居住していたのであるから、本件事故現場の道路の形状について知悉していたはずであり、また、仮に照雄が本件歩道を自転車に乗って西進してきたとするならば、本件歩道の最終部分は約一一パーセントの勾配で農道取付部にすりつけがなされているのであるから、照雄はこの部分にさしかかった際に歩道が終わることを当然認識したはずであり、更に、本件事故現場には当時、本件側溝部分を覆うように葦が路面から約一メートルの高さまで繁茂しており、また、白いガードレールが存在していたのであるから、自転車の前照燈により前方に何らかの障害のあることを容易に識別し、進路を変更する等により、本件側溝に転落しないですんだはずである。それにもかかわらず、本件事故が発生したのは、照雄が飲酒酩酊のうえ、無燈火で自転車を運転していたことに起因するものであって、通行者として通常要求される注意義務を欠き、漫然と自転車を走行したことによる事故であることは明らかである。

2  仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、本件事故の発生には前記1のとおり照雄にも過失があったから、その賠償額の算定について右過失を斟酌すべきである。

四  被告の主張に対する原告らの認否

1  被告の主張1の事実のうち、照雄が本件事故現場から北方約一・七キロメートルの所に居住していたこと、照雄は本件事故当時飲酒していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  被告の主張2(過失相殺)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  山田照雄が、昭和五〇年九月二三日午後一〇時ころ、甲府市上阿原町四一二番地二先の本件道路である国道二〇号線の上り車線北側にある本件側溝に転落して死亡したこと、本件道路及び本件側溝が建設大臣の管理する公の営造物であることについては当事者間に争いがない。

二  そこで、本件道路及び本件側溝の設置、管理の瑕疵の有無と照雄の死亡との因果関係の存否について判断する。

1  請求原因2(一)の事実(本件道路及び本件側溝の形状)は当事者間に争いがなく、右事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件道路は上下二車線から成る昼夜ともに交通量頻繁な国道であるが、本件事故が発生した本件側溝の東側で上り第二車線の北側には約二〇〇メートルの距離にわたって立入禁止標示によって第二車線と区画された第三車線があり、その北側には路面から〇・二メートル高くなっている幅員二・五メートルの本件歩道が車道に沿って走っていて、そして、右歩道上には上り方向に「自転車通行可」と表示された道路標識が設置されている。

(二)  ところで、右第三車線は、本来、本件歩道の北側に沿って設ける予定であった農道に替えて地元住民の要請により造られたもので、右車線はその西側において本件側溝の北側にある未舗装の農道に連なり、また、その東側は同じように北方にぬける農道に接続していた。すなわち、第三車線は第一、二車線が専ら自動車の走行線であるのとは趣を異にし、いわば農道と農道を連結する車線として自転車や農耕用機械等の通行も許されていた。

(三)  そして、右第三車線と本件歩道は、交通規制のうえでは上り方面に向い一方通行とされていたけれども、本件道路の南側には同じような農道もないし、また、付近には信号機のある交差点もなかったうえ、本件農道付近に至るためにはかなりの距離を迂回しなければならなかったことなどから、本件歩道や第三車線については自転車通行者は昼夜を問わず上り方向ばかりでなく、反対方向にも通行していた。しかも、本件歩道、若しくは第三車線を西進して本件事故現場の西側に出ようとする多くの自転車通行者は、第三車線に接続する本件農道が未舗装で整備されておらず、かつ、迂回路になるうえ、夜間には照明設備もなかったことなどから本件農道に入らず、そのまま本件側溝の南側に設けられているガードレールと本件道路北側との間の約〇・六メートルの未舗装部分を通って西進していて、そのような通行方法は東進する自転車についてもほぼ同様であった。

(四)  しかして、照雄は、夜間、本件側溝の東側部分に西へ向って走行中に自転車もろとも転落して死亡したものであるが、本件側溝は底に一部土砂が堆積したとはいいながらその幅は約〇・七メートル、長さ約一三メートル、深さは車道路面から約一・七メートルあって、当時はその一面が葦で被われた無蓋側溝で、本件道路に面した南側部分は既述のとおりガードレールが設置されていたけれども、その東西両側部分にはガードレールなど転落防止設備はなんら設置されておらず、しかも、付近には照明施設もなく夜間はきわめて暗い場所であった。

(五)  本件道路の設計、施工を企画担当した建設省所管の甲府工事事務所としては、将来、本件事故現場から西方にある平面交差点を立体交差点に改築すべく予定していたので、その時点で付近の歩道を整備し、かつ、本件側溝のような無蓋の側溝についても、これを有蓋のものに改修すべく計画していたが、本件側溝の東側部分にガードレールなど転落防止設備を設置しなかったのは、本件道路の上り車線とその北側にある本件歩道は第三車線を含めすべて東京方面、すなわち、東へ向って一方通行で、反対方向からの自転車通行等は道路交通法上禁止されているうえ、自転車通行をする者は付近住民に限られていて、本件側溝の形状など道路状況についてはよく知っていると思われるし、また、本件歩道から本件農道への進入は容易で、歩道の西端を直進しても、本件側溝に至るわけではなく、しかも、その距離は約一五メートルあることなどを考慮した結果であり、更にまた、本件事故現場付近に照明施設を設けなかったのも付近一帯の交通量、道路状況が関東地方建設局の道路照明施設設置基準に該当しなかったことによるものである。

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常具有すべき安全性を欠くことを指称するものであり、そして、それは当該営造物を通常の用法に即して利用することを前提としてその構造、用法、場所的環境及び利用状況など諸般の事情を総合的に考慮して具体的、個別的に判断すべきものであるが、事故が営造物管理者の通常予測できないような行動に起因して発生した場合においては、当該管理者はもはやその責に任ずべき理由はないものと解するのが相当である(最高三判昭和五二・一〇・一四判例時報九〇四号五二頁参照)。

本件歩道と第三車線について自転車通行が許されていたことはすでに検討してきたとおりであるが、その通行方法は東京方面へ向っての一方通行であって、反対方向、すなわち東から西方へ向っての進行は交通法規に抵触する通行方法であることは被告の指摘するとおりである。本件において、照雄は、指定の右通行方法に反して自転車で西進してきたものであるが、しかし、自転車通行者が指定の通行方法に反して通行することは世上よく見られるところであって決して稀有なものとはいえないうえ、前記認定のように本件道路は昼夜の区別なく交通量が激しい国道であるにもかかわらず、本件事故現場付近の東側には信号機のある交差点もないことなど本件事故現場付近の場所的環境にあわせ、本件歩道や第三車線については昼夜を分たず現に指定の通行方法に反する自転車の通行が見られたことなどその利用状況を勘案すると、照雄の自転車による前記通行方法をもって営造物管理者の通常予測することのできない行動であるとして非難することはできない。

そして、以上のことは、照雄が取付道路から本件農道に進入することなくそのまま西進した点についても同様といえる。すなわち、前記認定のとおり本件農道はほとんど整備されていないうえ迂回路となり、しかも、夜間には照明もない事情等もあって、東進する自転車通行者はもちろん、西進する多くの自転車通行者も本件農道を利用することなく、そのまま本件側溝の南側のガードレールと本件道路の北端との間の未舗装部分を通行していたのである。従って、右のような本件農道の位置、状況など場所的環境にあわせ、本件側溝付近の道路に対する自転車通行者の一般的利用状況を考えると、照雄が取付道路から本件農道に入らず、そのまま西進したことをもって営造物の通常の用法に即しない利用として非難することはできず、そして、右の点は本件道路が昼夜ともに通行量の激しい国道であることによって、特に左右されるものではない。

更にまた、本件側溝は自転車通行者が当然払うべき通常の前方注視義務を尽くしていれば転落する危険のないものである旨の被告の主張について考えてみても、本件側溝の所在位置は第三車線をほぼ西へ延長した線上にあって、しかも、これを遮るような形で南北にほぼ一杯の幅をもって存在し、また、これを本件歩道からみても、本件農道の取付部分が東西に約一五・六メートルあるので、本件歩道から西進する場合にはやはり前方を遮る形で存在するうえ、付近には照明設備もないので、本件側溝の付近一帯は極めて暗くて見通しの悪い状況にそれぞれあったことが検証の結果から認められ、加えて、当事者間に争いのない本件側溝の形状によると、本件側溝は、深さが道路面から約一・七メートルもあって、幅員も前記のようにほとんど行手を遮るような形であったにもかかわらず、無蓋で、僅かにその南側にガードレールが付設されていたに過ぎない。従って、右のような本件側溝の位置、形状、特に夜間における照明度等から考えると、昼間なら格別、暗くて見通しの悪い夜間に本件歩道、若しくは第三車線を西進して本件事故現場付近を通過しようとする自転車通行者にとって、それが近隣の者であるか、否かを問わず、はたまた、燈火をつけて進行したとしても、本件側溝のように無蓋で、一度転落すれば生命をも失い兼ねない営造物が行手に存在することは通行上極めて危険であることは一見明白である。

なお、被告は、本件事故は照雄が酒に酔って無燈火で自転車を運転したことによる旨主張するけれども、《証拠省略》によると、照雄は本件事故当時、酒に酔っていたが、その酔いの程度は未だ自転車の運転にさしたる支障を来すまでに至っていなかったことがうかがわれるし、また、燈火の点についても、《証拠省略》によると、照雄が乗っていた自転車には燈火の発電装置が後輪に設置してあり、そして、右自転車は事故後も修理することなくそのまま使用されていることがそれぞれ明らかであるうえ、一般に自転車通行者が夜間、照明設備のない場所を通行する場合は燈火して進行するのが通常であることを考えると、照雄は本件事故当時、燈火をつけて自転車に乗っていたものと認めるのが相当である。以上要するに、本件事故の一端の責任は後記過失相殺の項で説示するとおり照雄にあることは否定できないが、他方また、本件事故が本件側溝の設置又は管理に起因して発生したことも否定できない事実である。

3  以上検討してきた本件側溝の位置、形状、場所的環境及び付近道路の一般的利用状況その他諸般の事実を総合的に考えると、無蓋で転落防止設備のない本件側溝は、営造物として通常具備すべき安全性を欠如するものというべきであり、そして、本件事故は右のような本件側溝の瑕疵に起因するものといえるから、被告は国家賠償法二条一項により本件事故によって生じた損害について賠償すべき責任がある。

三  そこで、進んで原告らの損害について検討する。

1  照雄の逸失利益とその相続

(一)  照雄が本件事故当時満四九歳の男子であったこと、照雄はぶどうの栽培出荷を内容とする果樹園を経営していたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、照雄は妻である原告山田雪枝と共同して右果樹園業を営み、約一町二、三反歩を耕作して主にデラウエア種、ネオマスカット種、甲州種のぶどうを栽培収穫して、これを売却し昭和五〇年度において金五八四万一、四二八円の収入をあげていたことが認められる。

ところで、昭和五〇年度における農業経営の必要経費としては、《証拠省略》によると、農薬代、燃料費、ぶどう出荷委託手数料、労賃、税金等合計金二三四万三、一五〇円を支出したこととなるが、しかしながら、《証拠省略》中、Ⅱ費用の14労務費のうち「女一七六人、六一万六、〇〇〇円」は、山田雪枝の労働に対する対価であると認められるところ、妻である山田雪枝の労働に対する金銭的評価については後記のとおり照雄の収益に対する寄与分としてその収益から控除するのが相当であるから、右山田雪枝に対する労務費を必要経費として控除すべきものではない。そうすると、同年度の照雄の収益は金四一一万四、二七八円となる。

そして、右認定の事実と、前掲各証拠より認められる過去の農業経営状況、収益状況等を総合すると、照雄が生存していたならば例年右認定の程度の収益はこれをあげ得たものと認められるので、照雄が将来においてあげ得る年間収益額は右認定の額というべきである。

右認定に反する《証拠省略》は、農業所得に対する課税標準の特殊性からして、現実の所得を表示しているとは認められないから採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  また、照雄が右収益を得るために控除すべき生活費は、年間収益の三五パーセントとみるのが相当である。

(三)  ところで、農業収入は家族の労働の寄与分も収益の一部となっているからこれを控除すべきところ、《証拠省略》によれば、妻である山田雪枝は、主に毎年三月下旬ころから一〇月ないし一一月ころまで農業に従事し、出荷時期に他に人手を頼むほか二人で耕作してきたことが認められ、これらのことを考慮すると、右収益に対する照雄の実質的寄与率は七割、妻の山田雪枝の寄与率は三割であったと認められる。

(四)  照雄の就労期間は、果樹園経営であることからして、満四九歳の事故当時から満七〇歳までなお二一年間可能である。

よって、照雄の死亡時における逸失利益は、ホフマン式計算法により中間利息を控除すると金二、六四〇万〇、七六六円となる(円以下切捨て)。

〔411万4278円×(1-0.35)×(1-0.3)×14.103〕

(五)  すでに認定したとおり、照雄は、事故当時飲酒し酔っていながら、自転車を運転し、しかも、その通行方法は指定の通行方法に反していたうえ、《証拠省略》より明らかなとおり、本件事故当時は本件側溝には一面に葦がかなりの高さで生い茂っており、かつ、本件側溝の南側には白塗りのガードレールも設置されていたことを考えると、照雄に十分な前方注視が欠けていたと思われる点で本件事故については照雄にも過失がある。

そして、これまで検討してきた本件道路及び側溝の瑕疵、照雄の過失その他諸般の事情を考慮すると、その過失割合は被告六に対し照雄四とみるのが相当であるから、右損害額から四割を減ずると、その残額は金一、五八四万〇、四五九円(円以下切捨)となる。

(六)  原告山田雪枝が照雄の妻であり、同山田泰男及び同山田栄治が子であることは当事者間に争いがないところ、原告らは照雄の死に伴いその法定相続分に則り右逸失利益の賠償請求権をその各三分の一の割合に当る金五二八万〇、一五三円ずつ相続により承継したものと推認される。

2  慰謝料

前掲証拠により認められる本件事故の態様、照雄と原告らとの身分関係、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故のために照雄を失ったことによって蒙った原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は、原告らそれぞれにつき金一五〇万円とするのが相当である。

3  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の経過、請求金額及び請求の認容額等審理に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に請求できる弁護士費用は、原告山田雪枝につき金四〇万円、原告山田泰男、同栄治につきそれぞれ金三〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、原告山田雪枝については合計金七一八万〇、一五三円及び内金六七八万〇、一五三円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年九月二四日から、内金四〇万円に対する本件事故発生日以降である昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、原告山田泰男及び同栄治についてはそれぞれ右各合計金七〇八万〇、一五三円及び各内金六七八万〇、一五三円に対する右昭和五〇年九月二四日から、各内金三〇万円に対する右昭和五一年三月五日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、それぞれ正当としてこれを認容し(訴状送達の日の翌日は記録上明らかである。)、その余の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田正夫 裁判官 田村洋三 千川原則雄)

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